自分が鈍っていたこと。

写真 2014-10-03 15 04 38

@弟の元から帰ってきたフィルムカメラを現像したら写ってた弟。

人間はそれから離れると鈍る生き物なのか

ぼくは特に鈍るいきもので

なにかをやる時に、決まり事みたいなことをよく忘れる。

撮影でも、何を撮るか、どこの仕事をするかによって

縦位置で撮るのか横位置でとるのか、ノートリミングで撮るのか

少し引きで撮るのかが変わってくる。

クライアントによって、それはさまざまだ。

そこで僕は決まり事を作っていたはずなのに忘れていた。

そこで、また火傷するわけだ。

対人関係にしても同じことがいえる。

パートナーと長く居ると それで良いみたいな空気に慣れてしまって

もっとこう考えればよかったなと考える

言葉の意味や常識じゃなくて 相手の心の奥底のタンスの奥にしまいこまれた

きもちとか その神髄とかを解ってあげなくちゃいけないってこと。

納得できないし意味わからない事も全然理解できないし違うと思う事も

相手にとっては理解してほしい何かであることは確かなのではないかと。

そんな思いやりも忘れた。

健忘症だ。健康なのに忘れてしまう症状だ。

ぼくは軽々しくよく喋る。

しかし なにげない一言は相手を傷つける。

ほんとうに気をつけなければいけないのだけど

気を付け過ぎれば 相手に真意は伝えられない

どうやったらそれらを忘れないで気を配ることができるか

そんなことを考えながら洗濯をしている。

外はあめだ。

家にテレビやラジオが無いせいか そとの音がよく聞こえる

先日は鳥の声で起きた。

そう聞けばメルヘンチックな想像をされるだろうけど違う。

鳥が首を絞められた時に出るような鳴き声で目が覚めたのである。

隣のおっさんの咳払いもよくきこえる

咳払いのあとに決まって続く嗚咽(おえつ)を朝のニュースがわりにし

きっとおっさんはもう長くないのだろうとか考えるんだ。

しかし雨はいい。

鳥もうるさくないし、おっさんの家の窓も閉まるから嗚咽もきこえん。

軒から垂れる雨滴がどこかのトタンに当たる音が

たんっ ぱんっ かんっ ってこんな音がうれしい。

少しかわった鳥が雨の中鳴き出す声がきこえるけど

さすがに少し心地いいこえだ。

ぼーっとするのもわるくない。

GOTA

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